ファンとブランドの絆を深める「ファンベースマーケティング」とは?情報過多時代における企業の羅針盤

現代社会において、企業の情報発信やマーケティングにおいてSNSは欠かせない強力なツールです。しかし、その裏には「炎上」という、企業経営の根幹を揺るがしかねない大きなリスクが常に潜んでいます。このような情報過多の時代において、単なる新規顧客獲得を目指す従来のマーケティング手法の効果は低下しており、企業が持続的な成長と信頼を確保するためには、顧客との深いつながりを築く「ファンベースマーケティング」へのシフトが不可欠となっています。
目次
ファンベースマーケティングとは?その本質と重要性
ファンベースマーケティングとは、既存顧客である「ファン」に焦点を当て、彼らとの信頼関係を深めながらブランド価値を向上させていく活動を指します。従来のマスマーケティングが新規顧客獲得を主目的とするのに対し、ファンベースマーケティングはファンとの継続的なつながりを重視し、彼らの支持や影響力を通じて認知拡大や売上の安定化を図ることを目指します。
この手法において特に重要なのは、顧客が抱く「小さな愛着」に注目することです。それは必ずしも「大好き」というほどの深い愛着でなくとも、「なんとなくお気に入り」「また使いたい」といった気軽な感情を基盤とし、ブランドとユーザーが無理なく関係を築けるようにすることが特徴です。このような小さな愛着がファン同士の共有を通じて広がり、時には深い愛着へと成長していく可能性を秘めています。企業が定期的に顧客との接点を提供することで、持続可能な顧客関係を育むことができるのです。
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ファンベースマーケティングが重要視される背景には、以下のような現代社会特有の課題と消費者行動の変化があります。
1.情報過多社会における広告の伝わりにくさ
2020年には1年間で世界に59ゼタバイトもの情報が流れ、これは世界の砂浜の砂の数に匹敵する膨大な量です。このような環境では、中小企業の情報が消費者の目に留まり、記憶に残ることは極めて困難です。
YouTubeでは1日に投稿される動画を全て見終えるのに82年かかるといわれるほどコンテンツが爆発的に増加しており、従来のマス広告では、話題化しても一瞬で忘れ去られ、次のキャンペーンとのシナジーが生まれない「ぶつ切り」の状態に陥りがちです。
2.日本の人口減少と成熟市場
今後30年で日本の人口は約3000万人減少すると予測されており、超高齢化・超成熟市場へと移行しています。このような状況下で、これまでのやり方で新規顧客を獲得していくことは、極めて困難になってきています。
3.消費者の購買決定における評判の影響力
インターネットとモバイルデバイスの普及により、情報は瞬時に共有されるようになり、口コミの力が飛躍的に増大しました。消費者は新しい製品やサービスを試す前に、他の人々のレビューや評価を積極的に検索し、それを意思決定の重要な要素としています。
1人の消費者の悪い体験がSNSやレビューサイトで共有されれば、その情報は瞬く間に広がり、ブランドの評判に大きな打撃を与える可能性があります。逆に、ポジティブな評判は新たな顧客を引き寄せ、ブランドの信頼性を高める力となります。
4.ファンの声に隠された「選ばれる理由」
ファンはブランドに対して熱意を持って積極的に意見を発信するため、企業は彼らの「生の声」から商品やサービスの「選ばれる理由」や「真の価値」を深く理解し、それを改善やプロモーションに役立てることができます。サントリーホールディングス株式会社の「翠」の事例では、日経クロストレンドによると、定性調査で消費者から多く聞かれた「清々しい」という言葉を独自の価値として再定義し、プロモーションを刷新することに成功しました。
5.パーソナライズされた情報提供の重要性
情報過多な日本では、消費者は「自分にとって関連性の高い情報」を強く求めています。過去の購入履歴や興味関心に基づいた、個々のニーズに合った情報提供が望まれており、これがブランドスイッチを防ぎ、既存顧客との関係を深める上で非常に効果的な手法となります。
ファンベースマーケティングがもたらす多様なメリット
ファンベースマーケティングは、企業に以下のような多岐にわたるメリットをもたらします。
ブランド価値向上と信頼構築
ファンとの深いつながりを重視することで、ブランドイメージが向上し、顧客からの信頼を得ることができます。良好な企業イメージは、優秀な人材の獲得にも繋がり、組織全体の成長に良い影響を与えます。
ユーザーからの良質なフィードバック
ファンはブランドに対して積極的に意見を発信するため、企業は彼らから直接的で貴重なフィードバックを得ることができ、それを商品やサービスの改善に活用することで、顧客ニーズを深く理解し、より魅力的な提供が可能となります。
危機管理時の回復力
ファンベースマーケティングを通じて築かれた信頼関係は、万一のトラブル発生時にも効果を発揮します。ファンはブランドを擁護する側に回りやすく、迅速かつ誠実な対応と相まって、潜在的な損害を最小限に抑え、早期の問題解決とブランド回復を可能にします。
ブランドを強くする!ファンを味方につける「ファンベースマーケティング」 | シエンプレ株式会社
siemple.co.jp新規顧客獲得とロイヤルティ向上
ファンのコミュニケーションが活発化することで、口コミやSNSを通じて新規顧客の獲得に繋がり、競合他社への顧客流出を防ぐ効果も期待できます。ファンコミュニティの形成は、ブランドをより身近に感じさせ、長期的なコアファンを育成します。
従業員のモチベーション向上
ファンミーティングなどで、開発担当者などが自社商品のファンに直接会う機会を設けることで、自身の苦労が顧客に届いているという感動を実感し、従業員のモチベーション向上に繋がります。
成功事例から学ぶファンベースマーケティングの実践
多くの企業がファンベースマーケティングを導入し、成功を収めています。
カゴメ株式会社「&KAGOME」コミュニティ
カゴメは2015年4月に「ファンを知る」「ファンに伝える」「ファンと一緒に体験する」を目的としたファンコミュニティサイト「&KAGOME」を開設しました。ユーザーは製品レビュー、レシピ投稿、新商品アンケート、野菜の豆知識などを通じて活発に交流し、企業と共創する場としても機能しています。このコミュニティを通じて少数ながらも熱狂的なファンを育成することに成功しています。その結果、「野菜生活」の売上の30%をわずか2.5%の購入者が占めるなど、少数のヘビーユーザーに支えられている構造が明らかになっています。さらに、カゴメはオンラインでの栽培相談会や料理教室なども積極的に開催し、ファンとのエンゲージメントを深める努力を続けています。
株式会社やおきん「うまい棒」キャンペーン
やおきんは「うまい棒の日」にユーザー参加型キャンペーンを実施し、2023年の「地球防衛プロジェクト」では16タイプ別診断や参加型企画を通じてエンゲージメントを高め、5.5万人が参加し、3.2万件以上のUGC(UserGeneratedContent)を発生させる成果を上げました。
チロルチョコ株式会社の異物混入対応
2024年11月、チロルチョコに虫が混入している画像・動画がSNSで拡散する騒動が発生しました。チロルチョコ社は即日、公式Xで迅速に状況説明と謝罪を行い、事実確認を進めました。翌日、投稿者が長期間不適切に保管していた商品であることが判明し、投稿者側から謝罪がありました。チロルチョコ社は事実誤認が判明した後も、投稿者への攻撃を控えるよう呼びかけるなど、相手に配慮する姿勢を貫きました。この対応はSNSユーザーから「丁寧」「素敵」「好感度が跳ね上がった」と絶賛され、ブランドイメージを強く固持する結果となりました。チロルチョコ社は2013年にも同様の事案を経験しており、その際も冷静かつ論理的な説明で消費者の称賛を得ていました。社長は、ユーザー側の誤りでも相手を否定しないこと、エビデンス活用、迅速な対応を炎上対策のポイントとしています。
チョコ菓子の異物混入騒動に見る企業対応とファンベースマーケティングの重要性
著者:桑江 令 事実誤認の投
https://www.siemple.co.jp/isiten/牛丼チェーン「すき家」のネズミ混入事案
2025年1月、すき家でのネズミ混入の投稿が拡散されました。しかし、すき家が「混入異物が加熱されていなかった」「科学的に鍋への混入可能性が著しく低い」と発表すると、世間の論調は一転し、「すき家は嵌められた」「日本企業を応援しよう」といった擁護意見が多数を占めました。全店舗一時閉鎖での清掃・消毒対応も好意的に受け止められ、迅速かつ科学的な根拠に基づいた説明が、ブランドイメージの回復に繋がりました。
牛丼店のネズミ混入事案から学ぶ企業が取るべき炎上対応
牛丼チェーン大手・すき家の店舗で提供された味
https://www.siemple.co.jp/isiten/敷島製パン株式会社の食パン異物混入事案
2024年5月、食パンに小動物の一部混入が判明した際、敷島製パン社は発生から2日で迅速に公式リリースを発表しました。影響範囲や事象を明確に説明し、サイト上でも分かりやすかったため、憶測や誤情報が飛び交うことなく事態は収束しました。迅速な自主回収とお詫びのQUOカード発送も高く評価されました。
これらの事例は、企業がトラブルに直面した際に、いかに迅速に事実を確認し、誠実で透明性のある姿勢で対応するかが、ファンの信頼を維持し、ブランドイメージを守る上で極めて重要であることを示しています。
ファンベースマーケティングを成功させるための具体的な手法
ファンベースマーケティングを効果的に実践するためには、以下の手法とポイントが挙げられます。
1.ファンの深い理解と傾聴
まず、「自分たちのファンを世界で一番知っている状態」になることが最も重要です。ファンの人物像、製品やサービスを愛用する理由、好み、将来の展望、ライフスタイル、悩みなどを深く掘り下げて理解しましょう。そのためには、ファンミーティング、アンケート、ソーシャルリスニングなどが有効です。特にファンミーティングは、ファンの本音が聞ける「金言だらけの場」となり、企業側(特に開発担当者)のモチベーション向上にも繋がります。全体の意見ではなく、コアなファンの声を抽出して聞くことが重要です。
2.ファン同士が交流できる場の提供
SNS、専用コミュニティサイト、リアルイベントなどを通じて、ファンが自発的に関わり合える環境を整えることが、ファンベースマーケティング成功への大きなステップです。これにより、ファン同士の絆が深まり、ブランドへの忠誠心が一層高まります。また、コミュニティ内のルールを共有し、参加時期に応じてスペースを分けるなどの工夫で、閉鎖的なファン層の形成を防ぎ、新規ユーザーも参加しやすい風通しの良い環境を保つことが重要です。
3.企業の世界観や情緒的メッセージの伝達
単に商品の機能性や利便性を訴求するだけでなく、企業が掲げる理念、ストーリー、価値観を共有することで、ファンはブランドに深く共感し、「応援したい」という気持ちが生まれます。ブランディングの大家デービッド・アーカー教授は「シグネチャーストーリー」の重要性を説き、それは「興味をかき立て、人を引き込み、真実味がなくてはならない」と述べています。自社の歴史を遡り、物語を見つけ出すことも有効です。このストーリーはポジショントークではなく、自社の未熟な点も含めて素直に伝えることが大切です。
4.情報発信の頻度と質を高める
ブランドとファンとの間に強い絆を築き、長期的な成長を促すためには、一貫して情報発信の頻度を高め、コンテンツの質を向上させることが基本です。
5.個別のファン・ユーザーへのケア
可能な限り、個別のファンやユーザーに対して丁寧なケアをすることがファンベースマーケティングの基本原則です。顧客が企業やブランドと個人的なつながりを感じることで、エンゲージメントを高める効果があり、収集した顧客データを分析して、適切なタイミングでパーソナルなコミュニケーションを図ることも有効です。
6.倫理基準の明確化と周知徹底
組織内で従うべき倫理観を明確にし、全従業員に周知徹底することが重要です。独自の研修などを通じて、従業員の意識統一を図ることで、不適切な行動によるリスクを軽減できます。
ファンベースマーケティングにおける注意点とデジタルリスク管理
ファンベースマーケティングは強力な手法ですが、導入に際していくつかの注意点と、デジタル社会特有のリスクを認識し、適切な管理を行う必要があります。
1.育成に時間がかかる
ファンベースマーケティングは即効性を期待できるものではなく、熱狂的なファンを育成するには時間を要します。商品・サービスの魅力、歴史、ブランドコンセプトを伝え、ファンと時間をかけて交流する必要があります。
2.成長意欲の維持
ファンを獲得し売上が安定すると、既存ファンをつなぎとめるだけの施策になりがちです。企業の長期的な成長のためには、新規ユーザー獲得への努力や、既存ファンをさらに喜ばせるための新開発も継続していく必要があります。
3.閉鎖的なファン層を醸成するリスク
ファンコミュニティやリアルイベントは、独自の文化やルールを形成し、結果として新規ユーザーが参加しづらい閉鎖的な空間になってしまう可能性があります。企業側が積極的に介入し、情報が偏らないようにするなど、風通しの良い環境を維持するための施策が求められます。
4.不具合やトラブル発生時の迅速かつ誠実な対応
ファンとの信頼関係を構築・維持するためには、不具合やトラブルが発生した際に、迅速かつ誠実に対応することが極めて重要です。対応の巧拙が企業の明暗を分ける結果となることも多いです。
危機管理体制構築支援サービス | シエンプレ株式会社
siemple.co.jp特にデジタル社会においては、SNS炎上やレピュテーションリスクへの備えが不可欠です。
炎上が企業にもたらす深刻な影響
炎上は、集客・売上の減少、ブランドイメージ・評判の低下、株価の下落、採用活動の停滞・人材流出、法的措置・行政処分、業務負荷の増大、そして初動対応の誤りによる二次炎上のリスクなど、多岐にわたる深刻なダメージを企業にもたらします。
主な炎上パターン
不適切・不用意な発言:採用担当者の「上から目線」発言、社員の個人的な発言による企業の「飛び火」、エイプリルフールネタでの誤解や不快感、ジェンダー・人種・政治・宗教などセンシティブな話題への不配慮、AI生成コンテンツの著作権侵害や偏見助長、クリエイターの仕事奪取への批判などが炎上を招きます。
適切なSNS運用と従業員教育
炎上を防ぐためには、NGワードリストやテンプレート作成といった運用ルールの策定が重要です。従業員には、SNSリテラシー研修を実施し、安全な情報発信の考え方を教育することが不可欠です。職場へのスマホ持ち込みルールや、プライベートSNS利用に関する指針を明確にし、複数人によるチェック体制を構築することで、誤投稿や見落としを防ぎます。
誠実な謝罪と迅速な対応
炎上時の初動対応は極めて重要であり、事実確認、原因究明、影響対象者の把握、対応策の協議、そして迅速な実行が必要です。事実無根の場合は「事実ではない」ことを速やかに公表し、事実であった場合は「対策の具体化」を迅速かつ丁寧に行います。投稿の安易な削除や放置、釈明に終始する態度は、事実隠蔽や不誠実と捉えられ、二次炎上を招くため避けるべきです。謝罪は「不適切な行為」に対して誠実に行い、「ご不快構文」や「誤解構文」のような表現は避けるべきです。世間の論調を正確に分析し、トラブル相手、関係各所、一般人(ファン・視聴者)といった全てのステークホルダーへの適切な配慮を示すことが、信頼回復の鍵となります。
専門会社の活用
デジタル・クライシス対策は、その複雑さと影響の大きさから、自社だけで全てを賄うのが難しいケースが多くあります。シエンプレでは、炎上、風評被害、誹謗中傷などあらゆる課題解決を支援します。ネット上の論調収集・分析、リスク診断、緊急コールセンター開設、記者会見セッティング・運営、プレスリリース執筆といった事後対応を手厚くサポートし、SNSリテラシー研修やガイドライン作成支援も提供します。また、検索エンジンの関連キーワードを監視し、不適切な語句の速やかな沈静化を図ることも可能です。
気づいた時には遅かった…とならないためにネット投稿を監視できる『Web/SNSモニタリング』 | シエンプレ株式会社
siemple.co.jpまとめ
ファンベースマーケティングは、単なる販売促進戦略を超え、企業が持続的に成長し、情報過多で移ろいやすい現代社会でブランドの信頼と価値を守るための「羅針盤」となるでしょう。炎上リスクを「他人事」と捉えず、「自分ごと」として認識し、平時からの予防策と有事の際の迅速かつ誠実な対応体制を整えることが不可欠です。
企業と顧客の間に築かれる「絆」のようなファンベースマーケティングは、表面的な繋がりではなく、共通の「物語」を紡ぎ、共に成長していくことで、嵐の中でも揺るがない「灯台」となり、新たな航海へと導いてくれるでしょう。
