吉沢亮氏の「無断侵入」騒動に見る企業対応のロールモデル
- 公開日:2025.02.21 最終更新日:2025.02.27

著者:桑江 令
目次
酒に酔って自宅マンションの隣室に
2025年は、能登半島地震と羽田空港地上衝突事故で幕を開けた2024年と打って変わり、穏やかな年明けとなりました。
多くの企業が仕事始めを迎えた1月6日、大河ドラマ主演も務めた人気俳優の吉沢亮氏が酒に酔って自宅マンションの隣室に無断侵入していたことが大きく報じられ、新年早々から世間を騒がせることとなりました。
報道では、吉沢氏が住居侵入の疑いで警視庁から任意で事情を聴かれたことも伝えられ、一報を配信したライブドアニュースのポストは4.7万件のリポストと、5600万件超のインプレッションを獲得するなど、非常に大きな反響を呼びました。
これを受け、吉沢氏の所属事務所であるアミューズは同日のうちに、事実関係を認めて謝罪するコメントを公式サイトで発表しています。
スポンサー企業はCM契約解除などの措置
一方、吉沢氏がCMに出演していたアサヒビールは、同日夜に公式サイト上から吉沢氏の画像を削除しました。翌7日の午前中には、「事実を容認できるものではない」として、広告契約の中途解約を表明しています。
1月9日には、大手日用品メーカーの花王も吉沢氏を起用したCMの早期終了を発表し、スポンサー企業の迅速な対応が相次ぐこととなりました。
今回の件のように、CMに出演している芸能人が不祥事を起こした場合、スポンサー企業がただちに契約解除を表明する流れは、ここ数年で急速に強まっています。企業のコンプライアンス体制が問われる昨今、社会的なモラルや法令に反する言動に走ったタレントの起用責任を厳しく問う声が強まっているのは、当然と言えるでしょう。
世間の論調を変えた謝罪文の配慮
ところが、1月14日にアミューズが公式サイトに掲載した謝罪文は、そのような声に変化を生じさせるほど大きなインパクトをもたらしました。
謝罪文では、「トラブルの相手」「関係各所(スポンサーや芸能関係者、メディア)」、そして「一般人(ファンや視聴者)」の3者に対する適切な配慮が見られ、それらが高く評価されたのです。
まず、最も配慮しなければならない「トラブルの相手」に対しては、謝罪文の冒頭で最大限の謝意を表しています。謝罪文全体を見渡しても、相手方に言及した文章量の割合が最も多く、最後の一文も相手方の立場を慮る言葉がつづられていました。
また、ネット上などで散見された「通報者は、隣室に吉沢氏が住んでいることを知らなかったはずがない」「隣人が入ってきたくらいで110番通報はしないだろう」という指摘も取り上げ、「どのような状況であれ、自宅に他人が勝手に侵入してきた際に110番通報をすることは至極当然」と反論しています。
その上で、「すべての責任は吉沢にある」と言い切り、「隣室の方に落ち度があるかのような批判はおやめください」と呼びかけました。
「関係各所」と「一般人」に対しては反省と謝罪の意思をストレートに表明するとともに、「皆様の信頼を取り戻すために、まずは目の前のことにひとつひとつ真摯に取り組む」などと今後の行動についても言及しました。
「関係各所」に頭を下げた文言に対しては、吉沢氏が今後の禁酒、断酒に言及していないことに違和感を示す声も上がりました。過去に飲酒トラブルを起こした芸能人の例を見ても、真っ先に「禁酒」「断酒」を宣言することが多かったのは事実です。
しかし、そのような宣言をすると、「不祥事が起きたのは、本人ではなくアルコール飲料のせい」と捉えられてしまいかねません。そのためアミューズは、吉沢氏を広告に起用していたビール会社の立場に配慮し、あえて「禁酒」「断酒」のキーワードを盛り込んだ一文を含めなかったと考えられます。
契約継続を表明した企業に称賛の声
多くの人に謝意が伝わった謝罪文のリリースを踏まえ、吉沢氏をCMに起用している大手生活家電メーカーのアイリスオーヤマが選んだのは、吉沢氏による広告・プロモーション活動を継続することでした。
その理由について、アイリスオーヤマは「吉沢さんの今後の挑戦を応援し、共に頑張っていきたいという当社の決意を示すものです」と説明しています。「たった一度の失敗ですべてを失わせることはしない」という勇気ある判断に対しては、吉沢氏の才能に魅了されたファンからネット上で称賛の声が続出し、アイリスオーヤマの企業イメージが向上したことがうかがえました。
もちろん、吉沢氏とのCM契約を解除したアサヒビールは、アルコール飲料のメーカーということもあり、厳しい判断に理解を示すネット上の投稿が多く見られました。
その半面、花王に対しては一定の理解を示す投稿があったものの、アイリスオーヤマと比較して「厳しい対応ではないか?」という批判的な投稿が目立っています。
吉沢氏のファンの中に、アイリスオーヤマへの恩義を感じている人たちが少なからずいることは間違いありません。そのような層はアイリスオーヤマのファンとなり、「アイリスオーヤマの製品を買って応援しよう」という行動を起こすことも予想されます。
吉沢氏とのCM契約を解除したアサヒビールは2023年9月、大手芸能事務所の創業者による性加害問題が明るみに出た際、同事務所のタレントを起用した広告などを展開しない方針をいち早く発表し、SNSユーザーからも絶大な支持を得ました。
しかし、アイリスオーヤマの対応は、そのような動きと全く異なります。CM出演者と契約する際は、不祥事を起こせば契約を解除することを条項に含めておくのがセオリーですが、杓子定規な対応ではなく、取引先の謝罪対応への世間の論調を十分に見極めてから判断する方が、自社の利益になるということを明確に表したのが今回の事案だと思います。
過去の問題でも見事な対応を取っていた所属事務所
不祥事を起こしたCM出演者に対するアイリスオーヤマの寛容な判断は、かつては見られないパターンでした。ただし、このような判断を引き出せた要因は、アミューズの謝罪文が多くの人に受け入れられたからこそと言えます。
実は、アミューズの法務部は、自社に所属する男性アーティストを連想させる不倫疑惑の憶測投稿が、有名インフルエンサーによってXに投稿された問題でも、事態を確実に収束させる対応を見せていました。
憶測投稿から数時間後のうちに、法務部はその内容を完全に否定し、その後もこのインフルエンサーを名指しで批判しています。
さらに、インフルエンサーが投稿を削除して謝罪した際も、「本件のような事実無根の情報拡散、誹謗中傷に対し、今後とも厳正な姿勢で臨む」と表明し、毅然とした対応を貫きました。
吉沢氏の不祥事の謝罪文から企業が学ぶべきなのは、問題が発生した際の事後対応が、いかに重要かということです。世間の反発を招かないようにするには、その問題について世間がどのように捉えているのかを把握した上で、リリースなどの対応を取らなければなりません。
そのためには、世間の捉え方を正確に分析・把握し、どのように対応するべきかを迅速に判断する体制を整えておく必要があります。先述した憶測投稿を含むアミューズの対応を見ると、そのような体制がしっかり整っていると思われます。
問題が起きたとしても挽回できる
社会秩序の根幹に関わるコンプライアンスに厳しい目が向けられる中、不祥事やトラブルを起こした企業が受けるダメージは年々インパクトを増している感があります。広報担当などの方は「一度のインシデントが命取りになりかねない」と考えると、暗たんたる思いに駆られるかもしれません。
しかし、アミューズの謝罪文は「対応次第で挽回できる」ということを改めて証明しました。住居侵入は刑事事件に発展しかねない行為ですが、今回の不祥事を追及する報道は、数日のうちに収束しています。吉沢氏の俳優活動再開が叶う日が訪れるのも、そう遠くないかもしれません。
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